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身分移動

百姓・町人の間での身分移動は比較的容易であり、武士の下層(足軽)との身分移動も多くあった。ただし、武士の中上層には身分移動はほとんどなかった。身分移動の手段としては、以下の方法が採られた。

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養子縁組・婿入り。
御家人株の買得。
武家奉公人からの登用。
用人としての雇用。渡り用人。
帰農。
武士下層と百姓上層との間にある程度の流動性があることに着目し、この階層を「身分的中間層」と呼ぶ考え方もある。この他、百姓が苗字帯刀・切捨御免の特権や「士分格」という格式を得ることがある。しかし、この特権・格式は必ずしも武士化ではない。

このような身分移動を根拠に、江戸時代にある種の「自由」を見る考え方もあるが、身分制は、枠組みとしては強固であり、ある程度の流動性を前提にした柔軟性の高いシステムなのである。身分移動の存在は、身分制の弛緩や形骸化を意味しているわけではない。

明治時代になると近代国家に脱皮するためには中世封建制社会の身分制度を破棄することは避けて通れないと考えられ、政府により江戸時代の身分制度が廃止され四民平等(しみんびょうどう)の政策が採られることになった。ただし、支配階層には皇族・華族・士族の称号が付与され、戸籍に明記された。皇族は、戦後の制度にも名をとどめており、天皇及びその親族を指す。

華族は、公家と大名など最上級の武士に付与された。

士族は、上級の武士に付与された。

下級武士・農民・職人・商人は一括して「平民」とされた。

しかし、ここで注意しなければならないのは賎民の扱いである。賎民も平民に組み入れられたが、本来の"平民"からは反発する者が続出し岡山県では旧賎民の平民扱いに反対する一揆も起きた。このため新平民という用語が自然発生的に生まれた。

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2009年04月29日 07:14に投稿されたエントリーのページです。

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